Yap Visitors Bureau
神話、伝説、事実の断片的記録

チュークのお化けの伝説Ghost from Chuuk
カヌーの上に座ったチューク人のおばさんが、彼女の島に伝わるお化けの話をしています。それはその島に出没する怖いお化けの伝説でした。悪知恵が働くおその化けは、男前なチューク人の呪術師になりすましていました。そして、顔は醜いけれど心根の良い男には見向きもせず、見かけの美しい男ばかりを追いかけているような娘を見かけると、このお化けは、アカエイのしっぽや黒アリ、ムカデの脚などをすりつぶして作った魔法の惚れ薬を与えるのでした。そういう娘が、男前の呪術師に成りすましたお化けに惚れて森の中までついてくると、お化けは急にその醜い本性を現して、娘を足の先から耳の先まで食べてしまうのでした。

この伝説の教訓は、ロマンチックな夢を見る美しい娘たちに、ハンサムな男の顔ばかりを見ていると、その人物の恐ろしい心根を見過ごすことがあると教えています。

巨人ルワソルの伝説 (ングル環礁がヤップ島から切り離されたわけ)
昔々、ヤップ島の南端ギルマンにあるグロール村に、ルワソル(Ruwathoel)という男が住んでいました。ルワソルは、他のヤップ人の男と違って、たいへん大きな身体つきをしていました。彼は人間と巨人のあいのこだったようです。その上、島の誰もが認める男前で力持ち、魚とりの腕もずば抜けていました。ルワソルは、ヤップのどんな男もかなわない優れた能力と技を持っていたのでした。
嫉妬にかられた男たちは、ある日、ルワソルを殺そうとたくらみました。まずルワソルに魔法をかけて、「男の家」のベランダに頭を乗せて眠らせました。男たちはルワソルが寝入るのを待って、彼の両手をココヤシの幹に縛りつけ、長い髪の毛を家中の柱に編みこみました。そのあと「男の家」には火が放たれました。目覚めたルワソルは、激しく燃えさかる炎にから逃れようともがいているうちに、その足がすぐ隣にあった小島のングルーを蹴り飛ばしました。それから今日にいたるまで、その島はヤップ島から60マイル(約100キロ)も離れてしまったのです。

ドゥゴールのトカゲ男の伝説 Lizard Man of Dugor
昔々、ヤップ島のドゥゴール村には、人間の男に化けたトカゲが住んでおりました。それは、ヤップ中の若い娘たちが競って恋人になろうとするほど、たいへんな男前に化けていたそうです。ところが、この男に惚れて、その住まいであった洞窟までついて行った娘は、誰ひとりとして戻って来ませんでした。娘らの家族にも、その消息はわかりませんでした。村の若い娘が次々に消えていくようになってしばらくのち、村人たちはようやく、この若くて見栄えのする男には何かうさん臭いところがあると思うようになりました。そんなある日、トカゲ男は若くて美しい娘に出会いました。男があまりにも美男子だったので、この娘もすぐに恋に落ちました。トカゲ男もこの娘が気に入ったので、すぐに食べてしまわないで、しばらくこの娘と一緒のときを楽しむことにしました。やがてトカゲ男は娘を洞窟に誘いました。そしてお腹の空いた娘が何か食べさせてくれと頼んだとき、トカゲ男が運んできたものは、強烈な臭気を放つ、カエルやら、カニやら、そのほか得体の知れない動物の屍骸ばかりでした。目の前に差し出されたそれらの臭いを嗅いだだけで、娘は気分が悪くなりました。そして、ようやく以前に聞いていたトカゲ男の話を思い出したのです。恐怖にかられた娘は洞窟を飛び出して、家を目指して一目散に駆け戻りました。娘からこの恐ろしい体験を聞くと、両親は彼女を大事にいたわりました。そして、トカゲ男の正体を見破り始末するにはどうしたら一番良いかと、娘の父親はいろいろ思案しました。そして、トカゲ男が娘を捜してやってくるのを待つことにしました。ほどなくしてトカゲ男は娘を捜しにやってきました。男が目の前にやってきたとき、父親はトカゲ男に、木に登ってココヤシの実を採ってきてくれるように頼みました。娘の父親に気に入られようと、トカゲ男はさっそく木に登りました。ところが男がヤシの実を持って木から降りて来ようとしたとき、ついに男の正体がばれたのでした。トカゲ男が頭を下にして木から降りようとするのを見て、娘の父親は、疑いがほんとうだったことを知りました。しかし、準備はしてありました。先のほうに輪を取りつけた棒を持った父親は、木から降りて来るトカゲ男の頭を、ちょうど良いタイミングで引っかけました。そして上のほうにギュッと引き上げて、トカゲ男を締め殺しました。地面に落ちた途端、人間の姿をしたトカゲ男は、本来のトカゲの姿に戻ったということです。

航海用の神像
ヤップ州離島の航海師たちは航海に出るとき、この神像を持っていきました。出航前の航海師は、安全な航海、良好な天候、豊漁、そして敵対者の悪い呪いからの加護を求める祝詞を謡いながら、若いココヤシの葉で飾られたこの神像を、四方の風を受けるように掲げます。木彫の神像には身体の表と裏に顔があります。4つ柱のように見える部分のそれぞれには、若いココヤシの葉が結ばれます。もともとこの部分には、刺されると致命傷にもなるアカエイの棘が使われ、その上の土台にはサンゴの砂が貼りつけられていました。航海師以外の人間がこの神像に触ったり、これを使って陸上や海上でお呪いをすることは禁じられており、それを破ると死ぬと信じられていました。航海中の神像は、航海師の手に届きやすいメイン・マストのロープに取りつけられ、帆を降ろしているときには、艇とアウトリガーの間の航海師の座所の下など、人目に触れないところに置かれます。航海を終えて島に戻ると、神像は男たちのいるカヌー小屋の、高くて安全なところに吊るされます。

リオス(マスコット/アイドル)とモンキーマンMonkey Man
ヤップ州の離島では、子供のおもちゃやマスコットのようなものはすべて「リオス」と呼ばれます。航海師が使う神像やある種のお守りのようなものも、一種の「リオス」です。サルが1匹もいないこの地域で、外国人によって広められた「モンキーマン」の木彫は、いつの間にか観光客用の工芸品として定着しました。

ワアブ(Wa'ab)がどうしてヤップになったのかCanoe Paddle
最初にやってきた外国船が、このあたりの島の前に碇を下ろしたときのことです。まわりの島々から寄り集まった勇壮な若者らは、カヌーに乗りこんで船に近づいて行きました。それから手振り身振りで、船長に上陸して島の長老との会見に応ずるように求めました。やがて若者らのカヌーに乗りこんだ船長は、進行方向に見える陸地を指差して、近づいてくる島の名前を聞きました。ところが若者たちは、船長が指差したのは、カヌーの舳先で航路を指示をしていた男の持ち上げた櫂だと思ったので、みんな口々に誇らしげに「ヤップ」と答えました。船長はその名前を正確に記録しましたから、今日にいたるまで、ワアブの島々は、外の世界では「ヤップ」=「カヌーの櫂」と呼ばれるようになったのです。

オオトカゲ伝説
外国人がヤップ島を「発見」するよりもずっと昔の話です。マアプとガギルの間に横たわるゴフヌー水路には、巨大な怪物が住んでいました。まだヤップの人々はこの謎めいた怪物のことを知らなかったので、島の北の方から反対側へ航海するとき、よくこの水路を通りがかりましたが、船出したまま消息不明になり戻ってこない者がたくさん出るようになりました。島の北の方の長老たちは心配になり、大勢の勇壮な若者を、50のカヌーに分乗させて、消息不明者を捜索させました。あちこちを何時間もかけて捜したのちに、やがてカヌー船団はゴフヌー水路にさしかかりました。そのとき、先頭にいた若者が、なんだか陸地の塊のようなものを発見して、仲間に知らせました。みんなもそれを認めて、その不思議な陸地の塊にむかってカヌーを進めましたが、すぐに、その塊もカヌーに向かって移動してきているのがわかりました。そこでカヌーを止めて、その不思議なものが何であるかを見極めようとしていると、その塊はどんどん近づいてきて、その大きな図体があらわになりました。カヌーから数メートルほど離れたところで止まったそれは、みんなが一度も見たことのない物でした。どでかいウミガメか、ココヤシの巨大な流木か、はてまた超特大のサカナなのか?あまりの驚きにカヌーの上は一瞬シーンとなりましたが、次の瞬間、巨大な怪物が飛び上がって彼らを飲みこみ始めると、あたりは想像を絶する修羅場へと変わりました。若者たちは勇敢に戦いましたが、怪物は次々にカヌーを沈め、乗組員を片っ端から食べていきました。 そんな中で、ひとりの若者が運良く逃げ延びることに成功し、陸地にたどりつきました。若者はすぐに、この恐ろしい事件を、自分の村の長老に報告しました。しかし長老はその話をすぐには信じることができませんでしたので、それが事実かどうか確かめるために、また多くの若者とカヌーが集められ派遣されました。ゴフヌー水路にさしかかったとき、そこに漂うおびただしい血と人体の切れ端を見た彼らはすぐに引き返し、長老たちにこれを報告しました。それからヤップ中の長老たちが何度も集まって、この謎の怪物が引き起こしている問題の解決法を話し合いました。それ以後、長い年月の間、ヤップの人々はゴフヌー水路を通ることを止めてしまいました。海路を遠回りで長い時間かけて帆走し、島の反対側まで行くのが、たいへん困難になりました。
あるトミルの女に男の子が産まれました。その赤ん坊はシュゴン(Sigon)と名づけられました。怪物の話を聞きながら成長したシュゴンは、小さいときから、大きくなったらこの怪物をやっつけてやろうと決心していました。彼は、もっとも勇敢な若者たちから戦いの術を学び、もっとも優秀な航海師たちから航海の術を学び、もっとも優秀な船大工たちからカヌー建造の術を学んで成長しました。シュゴンが最初に造ったカヌーは、速度が遅すぎました。そこで彼は森に行き、次のカヌーにもっとも適した木を見つけると切り出しました。二番目のカヌーが出来上がると、シュゴンはそれに乗って漁に行き、大きな魚を獲ることができました。彼は火をおこしてその魚を火の上に乗せると、新造のカヌーで島のまわりを素速く一周しました。戻ってみると、魚はまだ火の上で音を立てて跳ねていました。シュゴンは再び海に出て、パラオで見かけるような大きなシャコ貝を採ってきました。その貝をアウトリガー・カヌーの上に置くと、シュゴンは謎の怪物を求めてゴフヌー水路へ向かいました。ゴフヌー水路の入り口に到着すると、いきなり怪物が現れました。怪物のほうでもシュゴンを見てたいへん驚き、「ひとりでこの水路にやって来るなんて、おまえは馬鹿だなあ」と言いました。シュゴンは怪物に、特別なご馳走を持ってきたこと、それはアウトリガーの台座(Thamai)の上に置いてあると言いました。まず美味しいシャコ貝から食べて、それからシュゴンを食べることにしようと考えた怪物は、その巨大なシャコ貝に頭を突っこみました。その途端、大きなシャコ貝は素早くその殻を閉じたので、オオトカゲの頭は貝の間に挟まったままになってしまいました。オオトカゲは貝から逃れようと、前後に激しく身体を揺り動かしました。オオトカゲが最初に揺れたとき、その尻尾がマアプとルムングを分かちました。二度目の揺れのとき、その尻尾はマアプをガギルから分かちました。三度目の揺れで尻尾はタゲレンに当たり、大地に大きな切れ目を刻みました。その後も怪物は頭を挟みこんだシャコ貝から逃れようとして大暴れしましたが、とうとう死んでしまいました。そのときヤップ島はすでに、単一の島ではなくなっておりました。ルムングとマアプ、マアプとガギルは切り離され、のちに橋で結ばれるようになりました。タゲレンはその後、ドイツ統治時代にヤップの人々によってやや深く掘り下げられたので、カヌーが通れるようになりました。

男のカンザシ「ロワイ」Roway
ロワイは、マングローブの一種であるヤエヤマヒルギの根を、ある種の貝殻を使って非常に薄く板状にしたもので作られています。その薄い板状のものは、ハイビスカスの幹やココヤシの実の繊維から作った撚り糸で束ね合わせられます。扇状に分かれた先端に向かってきれいな曲線を貝道具で作り出すには、相当な熟練を要します。伝統的には、ロワイを身につけられるのは、長老、神官、勇士、そして高位の村の踊り手たちに限られていました。踊りのときには、ロワイは頭の右側に、櫛の歯を頭飾りにかませ先端を前の方に傾けて装います。日常的には、櫛の歯をちょんまげの結わえ目に挿し、あとは同様に装います。

塗料壷
トミル地方には、侵食された赤い粘土質の土壌に覆われた不毛な土地があり、そこはガチャム(Gachaam)と呼ばれています。大昔、ガチャムには人々が住んでおり、強力な呪術でカロリン諸島一帯に知れわたったヤップの神官たちが統治していました。ヤップ島近隣の島々では、強力な呪術を操るヤップの神官たちに物品などを献上して恭順の意を示すことで、彼らと良い関係を保とうとしていました。これらの小さな島々のお天気や病気、または暮らし向きにいたるまで、この神官たちは左右できると思われていました。また、彼らの住む土地の赤い粘土は、安全な航海と良いお天気をもたらすと信じられていました。ですから、近隣の島々で建造されるカヌーは、ヤップ島のそれと同様に、この赤い粘土で塗られていました。この土をもらい受けるために、ヤップの神官には献上物が捧げられました。赤い粘土を乾燥させてふるいにかけ、細かい粒子にしてから水と混ぜあわせて熱したものを、普通のペンキのようにカヌーに塗りました。粘土を混ぜたり塗ったりするのに、しばしば鳥のような形をした容器が使われました。塗装には、片方の先端を突き潰して刷毛のようにしたヤシ殻の一片が使われました。赤い粘土のペンキを入れた壷には、清めのために若いココヤシの葉を施し、カヌーを塗る作業が続く間中、伝統航海師は安全航海と順風満帆の天候を願う祝詞を声明しました。

カメとネズミとウミドリの物語
昔々、海辺の小さな埋立地(Taaneaqachif、地名)で、ネズミとキアシシギが出会って話をするうちに、ちょっと気晴らしの旅に出てみることになりました。そこで傍らのココヤシの花苞(quchif)を取ってきて海に浮かべ、両者はそれに乗りこみました。ネズミがココヤシの花苞の底に顔を埋めて尻尾をまっすぐに高く立ると、キアシシギは広げた両翼をネズミの尻尾のマストに取りつけました。すると帆は順風を受けて、ココヤシの花苞のカヌーは船出しました。ところが、ミル水路まで出たところで強風と大波をもろに受け、カヌーはあっという間に転覆してしまいました。キアシシギはすぐに飛び去ってしまいました。取り残されたネズミは、一番近い陸地のソワニファン(Thowaenifeeng)を目指して、無我夢中で泳ぐしかありませんでした。やっとの思いで陸にたどり着いたと思ったら、そこは陸から離れた大きな岩でした。そこでネズミは、魔術を使って大きな魚を呼ぶことにしました。最初にやってきたのはモンガラカワハギでしたが、ネズミを陸地まで渡すことを断りました。次にやってきたのはカメで、ネズミを背中に乗せてくれることになりました。ネズミの頼みで、カメはまず小川が海に注ぎこんでいるマラチグ(Maleaqachiig)を目指しました。ところが小川の入り口までやってくると、ネズミは、もっと上流まで行ってくれとカメに頼みました。ふたつの小高い丘にはさまれたトゥウル(Tu'ul)というところまで来ると、ネズミはようやくカメに止まるように言いました。長い距離を泳いで疲れきったカメは、ネズミに頭のシラミを取ってくれるように頼みながら、頭を石の上に乗せるとすぐに寝入ってしまいました。すると、ネズミは傍らの石を取り上げて、カメの頭が割れるまで打ちつけました。カメが死ぬと、ネズミはカメを食べ始めましたが、胆嚢は取り出して、高い木にかけて置きました。カメ肉の匂いにつられて、キアシシギがやってきました。キアシシギはネズミに、カメ肉の分け前を要求しましたが、溺れそうになったネズミを見捨てて飛び去ったキアシシギを、ネズミはなじりました。それでもキアシシギが分け前をくれとせがむので、ネズミはしぶしぶ肉を分けてやると言って、高いところにかけておいた胆嚢を取って、キアシシギに投げてやりました。その胆嚢を食べたキアシシギは死んでしまいました。満腹するまでカメ肉を食べたネズミは、残りの部分をそのままにして立ち去りました。ネズミのその後の消息は知られていませんが、カメが休憩して寝入った場所には、今でもカメの背中にたいへんよく似た岩が残っています。

お化け踊りの伝説Ghost Dance
昔々、外国人がもたらしたライ病がヤップ島で流行っていたころの話です。ウェロイにあるオカウ村の男が、「ブリス(bilis)」と呼ばれる、この恐ろしいライ病にかかってしまいました。昔から島に伝わるあらゆる薬を試してみても、この病気は治せませんでした。万策尽きた家族は、他の者へ病気が伝染するのを恐れて、村はずれの小高い丘の上に建てた隔離小屋に男をひとりで住まわせ、食事だけ毎日運んでいました。男の身体には、病気による痣がどんどん増えていき、とうとう幻覚まで見るようになりました。ある日、踊りの練習に行く人々が、村の中をぞろぞろ歩いているのが男には見えましたが、はじめはそれを夢だと思っていました。ところがある夜、男が眠っていると、またその人々がやって来ました。そして、その中のひとりが、男に、一緒に踊りの練習をしたいかと尋ねました。男はもちろん同意して、それから毎晩、踊りを完全に覚えてしまうまで、みんなと一緒に練習を続けました。食事を持ってきた家族に、男はある日、自分の踊りの衣装を持ってきて欲しいと頼みました。それを聞いた家族は驚いて、男がとうとう現実と夢の区別もできなくなったのかと嘆きました。それでも男が執拗に頼むので、ようやく家族のひとりが、ふんどし、腰巻、ハイビスカスの化粧まわし、それに踊り用の首飾りを持ってきてくれることになりました。その夜、踊りの人々がやって来たとき、男は最高の伝統的衣装を身につけていました。その夜が踊り納めの日なのだろうと、男はなんとなく感じていました。踊り納めとは、ある踊りを最後に踊って「納める」伝統的な儀式です。それから男たちは夜通し踊り続けていましたが、朝日が昇ったとき、病気の男がまわりを見回すと、一緒に踊っていたはずの他の男たちは、全員消えていました。その上、男は島で一番大きなガジュマルの木の枝に、ひとりでぶらさがっていることに気づきました。びっくりした男が大声で助けを求めたので、村人たちが急いで駆けつけて来ました。そして踊りの正装をした病気の男が、大きな木からぶらさがっているのを見た人々は、一様にショックを受けました。しかしそれ以上の驚きは、男の身体中を覆っていた病気の痕跡が跡形もなく消え去り、男がすっかり健康を取り戻しているように見えたことでした。人々に助けられて木から降りてくると、男は夜な夜なやって来た不思議な踊り手たちのことを語り始めました。村に戻ってきた男は、村人全員を集会場の前に集めて、もう一度その体験を語りました。そして忘れてしまう前に、その踊りをみんなに教え始めたのでした。

ビンロウの実をつぶす道具、トゥグゥ(Tuguw)Tuguw
ヤップでは年を取るのは悪いことではなく、どちらかというと名誉なこととみなされます。人々は年を重ねることに尊敬されます。白髪と欠けて少なくなった歯は、ヤップではそんなに恥ずかしいことではありません。年配になると、人々はトゥグゥを持ち歩くようになります。トゥグゥとは、長さ15センチから20センチくらいの先が細く丸くなった突き棒のことで、小さな乳鉢とセットで使われます。乳鉢の中にビンロウの実、キンマの葉と消石灰を入れて、トゥグゥで突き潰します。年老いて歯が少なくなったり全く無くなったりしても、これがあれば、ビンロウの実を噛む楽しみを失わないですみます。

ちょうなAdz
ちょうなは、切ったり削ったりするのに便利な道具として、ヤップの生活ではたいへん重宝されています。柄は木製ですが、鉄が入ってくる以前の大昔は、その刃はシャコ貝やオオシャコ貝の殻から作られました。その当時は、島産の軽石の一種が砥石として利用されました。今日のちょうなの刃は、もちろん鉄製です。ちょうなのサイズはいろいろありますが、一般的に、小さなちょうなは、小さなものを削ったり彫ったりする作業に使われ、大きなちょうなは、木を伐採したり、石貨を彫ったり、カヌーを削ったりする作業に使われます。

Copyright © 2012 Yap Visitors Bureau. All Rights Reserved