Yap Visitors Bureau
神話、伝説
ヤップの歴史
チュークのお化けの伝説

カヌーの上に座ったチューク人のおばさんが、彼女の島に伝わるお化けの話をしています。それはその島に出没する怖いお化けの伝説でした。悪知恵が働くおその化けは、男前なチューク人の呪術師になりすましていました。そして、顔は醜いけれど心根の良い男には見向きもせず、見かけの美しい男ばかりを追いかけているような娘を見かけると、このお化けは、アカエイのしっぽや黒アリ、ムカデの脚などをすりつぶして作った魔法の惚れ薬を与えるのでした。そういう娘が、男前の呪術師に成りすましたお化けに惚れて森の中までついてくると、お化けは急にその醜い本性を現して、娘を足の先から耳の先まで食べてしまうのでした。

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Yapese outrigger canoes at sail紀元前1500年頃(?): 東インドネシアやフィリピンあたりから移住した人々が、すでにヤップ島に定住していました。 しかし、いつ、どのように、ヤップ島へ人々が移住定住し始めたのか、考古学的な結論はまだ出ていません。移住の起源は紀元前2000年から3000年くらいからともいわれています。

1525年10月1日: ポルトガル人の探検家ディオゴ・ダ・ロチャ(Diogo da Rocha)が、現在のヤップ州ユリシー環礁に到着し、そこで4ヶ月を過ごしました。その後の2世紀の間に、スペイン、イギリス、オランダ、アメリカなどから、20人以上の探検家や貿易商人が、ヤップ島や近辺の島々にやってきました。

1731年: イエズス会から派遣されたジャン・カントバ(Jan Cantova)神父とビクター・ウォルター(Victor Walter)神父が、ユリシー環礁のモグモグ島でカソリック教の布教を始めました。数ヶ月のちウォルター神父は船でグアムに戻りましたが、それから間もなくして、カントバ神父とその一行は、おそらく新しい宗教に敵意を持った島の神官らによって、一人残らず虐殺されました。

Yapese man sitting by stone money1800年-1860年: ヤップ人とヨーロッパ人の間で、ナマコ貿易が断続的に続けられました。この時代に最もよく知られていたのは、イギリス人の貿易商アンドリュー・チェイン(Andrew Cheyne)でした。またこの頃、ヤップ州離島の住民たちは、グアムやマリアナ諸島に向けて、独自に定期的な航海を始めました。

1818年: ラモトレック環礁の住民約100人がグアム島へ移住しました。1年後、彼らはサイパン島へ移り、そこに定住しました。

1869年: ドイツのゴドフロイ&サン(Godeffroy & Son)商会が、ヤップで最初の支店を開き、アルフレッド・テテン(Alfred Teten)が駐在支配人となりました。そして1874年までに、1200ヘクタールの土地を確保し、綿花農園と船舶修理所を持つに至ったということです。

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