紀元前1500年頃(?): 東インドネシアやフィリピンあたりから移住した人々が、すでにヤップ島に定住していました。
しかし、いつ、どのように、ヤップ島へ人々が移住定住し始めたのか、考古学的な結論はまだ出ていません。移住の起源は紀元前2000年から3000年くらいからともいわれています。
1525年10月1日: ポルトガル人の探検家ディオゴ・ダ・ロチャ(Diogo
da Rocha)が、現在のヤップ州ユリシー環礁に到着し、そこで4ヶ月を過ごしました。その後の2世紀の間に、スペイン、イギリス、オランダ、アメリカなどから、20人以上の探検家や貿易商人が、ヤップ島や近辺の島々にやってきました。
1731年: イエズス会から派遣されたジャン・カントバ(Jan
Cantova)神父とビクター・ウォルター(Victor Walter)神父が、ユリシー環礁のモグモグ島でカソリック教の布教を始めました。数ヶ月のちウォルター神父は船でグアムに戻りましたが、それから間もなくして、カントバ神父とその一行は、おそらく新しい宗教に敵意を持った島の神官らによって、一人残らず虐殺されました。
1800年-1860年: ヤップ人とヨーロッパ人の間で、ナマコ貿易が断続的に続けられました。この時代に最もよく知られていたのは、イギリス人の貿易商アンドリュー・チェイン(Andrew Cheyne)でした。またこの頃、ヤップ州離島の住民たちは、グアムやマリアナ諸島に向けて、独自に定期的な航海を始めました。
1818年: ラモトレック環礁の住民約100人がグアム島へ移住しました。1年後、彼らはサイパン島へ移り、そこに定住しました。
1869年: ドイツのゴドフロイ&サン(Godeffroy & Son)商会が、ヤップで最初の支店を開き、アルフレッド・テテン(Alfred
Teten)が駐在支配人となりました。そして1874年までに、1200ヘクタールの土地を確保し、綿花農園と船舶修理所を持つに至ったということです。
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