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神話、伝説
ヤップの歴史
ドゥゴールのトカゲ男の伝説

昔々、ヤップ島のドゥゴール村には、人間の男に化けたトカゲが住んでおりました。それは、ヤップ中の若い娘たちが競って恋人になろうとするほど、たいへんな男前に化けていたそうです。ところが、この男に惚れて、その住まいであった洞窟までついて行った娘は、誰ひとりとして戻って来ませんでした。娘らの家族にも、その消息はわかりませんでした。村の若い娘が次々に消えていくようになってしばらくのち、村人たちはようやく、この若くて見栄えのする男には何かうさん臭いところがあると思うようになりました。そんなある日、トカゲ男は若くて美しい娘に出会いました。男があまりにも美男子だったので、この娘もすぐに恋に落ちました。

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O'Keefe's Island1871年: 真珠採取船ベルベディア(Belvedere)号に乗り組んだアイルランド系アメリカ人デイヴィッド・ディーン・オキーフとそのクルーは、ヤップ島のリーフで難破してヤップ人に助けられました。回復したオキーフは、ドイツの交易船に便乗して香港に行きました。

1872年: 香港商人の出資を受けて取得したジャンク船に、アメリカに残した妻キャスリンの名をつけ、それに乗ってオキーフはヤップに戻ってきました。その後、彼を有名にした石貨とナマコの交換貿易が開始されました。

1874年: スペインがヤップ島の領有権を主張しました。

1876年: 島の地図作製と権益確保のため、ドイツはヤップ島に軍艦を派遣しました。

1880年代: コプラの一大生産地/集積地となったヤップ島には、外国人の交易会社も4つに増えました。また行き交うスペイン船の給炭港としても重要で、この年代のヤップ島は、カロリン諸島の商業の中心地となっていました。

Raising the German Flag1885年: スペインとドイツの抗争が頂点に達しました。8月21日、知事、2人の聖職者、軍人、囚人労働者、馬、水牛、牛、および州知事の家を建設する大量の石を積んで、2隻のスペイン船がヤップに到着しました。 その4日後、ドイツの砲艦リチス(Litis)号がヤップに投錨しました。そして、スペイン人が計画していた植民地宣言式典の直前に、急いで岸に向かう小隊が派遣され、ドイツの旗を掲げて領有権を主張しようとしました。

1886年: ドイツの宰相ビスマルクとスペイン国王アルフォンソの間で長年続いた確執は、ついにローマ法王レオ12世(Leo XII)によって調停されました。それは、ヤップを含むカロリン諸島の領有権をスペインに与えるかわり、ドイツその他の西欧列強国には今までどおりの通商権を認めるというものでした。 スペインはヤップに小さな守備隊を置き、その後建設される6つのカソリック教会のうち、最初のものの建設が始まりました。

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